(17) 個性の時代

17-1 敗戦後、[子]は一直線に減っていった

 [子]のつく名前は、敗戦の年がピークです。1945年をさかいに一直線にグラフが落ちていきます。どうしてこういう現象が起きたのでしょう。きっとそれは、価値観が変わったのです。「できるだけ他の人と同じがいい」時代から「個性化の時代」に移ったのでしょう。

 [〜子]が減ったかわりに、復活した名前のがあります。下のグラフを見てください。昔は多かった名前が最近復活しているのです。このグラフの黒い部分は、どんな名前だと思いますか(5校1万人の卒業生名簿から)。

 この黒い部分は、2音の名前です。明治初期は「うめ」「はな」とうように女性の名前はかな2文字名に決まっていたのですが、[〜子]の隆盛(グラフの濃いピンク)」とともに廃れてしまいました。それが敗戦後復活するのです。ただし、多くは漢字で書かれ、ひらがなに直すと2文字になります。「真理」「由美」といった具合です。

 

(注:2音とは、だいたいは「かなで書いたとき2文字」のことです。ただ「拗音の文字ヤ、ユ、ヨ」は数に入れません。例えば「じゅん」は2音です。言語学で言う「モーラ」とか「拍」とかがそれに当たるといっていいでしょう)

 

 

 戦後「2音名」が復活してきた様子が、幸田文(こうだあや1904-1990)が1955(昭和30)年に書いた『流れる』という小説の中に出てきます。主人公(梨花)が、下町の芸者の置屋に女中として雇ってもらう場面です。

 

 「なんて名?」

 「梨花って申します。」

 「りか?珍しい名前だこと。異人さんのお宗旨名?」

 「は?」

 「いえ、耶蘇のご信心だとそんな名つけられるって話聞いていたから。どんな字かくの。」

 「梨の花とかきます。」

 「へえ、梨の花! 」若いのが噴きだした。たぶん40すぎの女中に花がおかしいんだろう。(中略)

 「ねえ、ちょいと梨花さんっていうのは呼びにくいわ。せんのひと春さんだったからはどう?」

  もちろん主人の御意のままである。         (新調文庫版1957年初版,1998年55刷、p.8より)

 

 「異人さんのお宗旨名」とは、キリスト教の洗礼名のことです。戦後[子]のつく名前が減少したのは、上の小説のように「名前の国際化」も影響しているようです。板倉聖宣さん(教育学者1930-2018)の娘さんの名前は「ゆりか」さんと「わかは」さんで、ローマ字で書いたときに[a]で終わる名前です。ヨーロッパの多くの国々(特にラテン諸国)では、[a]で終わる言葉は女性名詞です。板倉さんは「娘が外国に行ったときに、女性だとすぐわかるように」命名したそうです。

 1995年には金原克範著『"子"のつく名前の女の子は頭がいい』(洋泉社)という本が出版されました。これは「最近、[子]のつく名前が減っている。それでも自分の子どもの名前に[子]をつける親は、流行に左右されないしっかりした親である。そんな親の子どもは頭がいい」という主張です。この本の出版がもととなって、女性週刊誌で「[子]のつく女性は頭がいい」といった記事が出て、話題になりました。

 

 さてこれからは名前はどう変わっていくでしょう。未来のことはわからないにしても、「名前には、親の思いがこめられていて、名前がその時代を語っていく」ことはまちがいないでしょう。

 

17-2 女性名は、「2音名」か「3音名」かのどちら

 最近生まれた子どもは、3人に1人は「2音名」で、3人に2人は「3音名」です。明治安田生命『名前ランキング2017』で「女子読み方ランキング」の上位50位の名前は

 サクラ ユイ アカリ メイ ハナ サナ リオ ヒマル コハル アオイ ホノカ リコ ミオ サキ ミユ イチカ リン エマ

 ツムギ ユイナ サラ ヒナ イロハ カホ ヒナタ ヒカリ ハルカ カンナ モモカ ユア ユヅキ ユウナ シオリ ユナ

 ナナミ コトハ ユウカ ミサキ アンナ スミレ アイリ リノ ミツキ カノン ヒナノ ヒヨリ リンカ ユイカ レイ リナ

 

 2音名が18(36%)で、3音名が32(64%)です。 

 

 右のグラフは、2018年4月にある小学校に入学した96名の名前です。やはり女子は1/3が「2音名」、2/3が「3音名」です。男子は、「3音名」が多く、4音名、5音名もあります。

 女子には、4音名、5音名はないわけではありません。「さくらこ」「ひまわり」などです。しかしグラフで見えるような割合ではありません。

 このように、名前に男女差があるのは明らかです。

 

 最後に、もう一度、「女性名の[2音][3音]」のグラフを見てください(5校1万人の卒業生名簿から)